小話1
SIDE:Y
「やまざきー何やってんのー」
「副長の部屋のエアコンのフィルター洗ってるんですよ」
「うわ、何。あの人そんな事までさせんの?」
お前も素直にやってんなよなーと言われても。
「いや俺が自主的にやったんで…」
「マジか。小姑つか妻?」
「やめてくださいよ」
流石にげんなりして言う。思わず力が抜けてしまった。
「もう、折角今がチャンスなんですから」
「それにしても思ったより汚れてないなー。もっとヤニですっげー事になってっかと
思ったんだけど」
「俺もそう思ったんで、今のうちにと思ったんですが」
ふう、とそれでも通常よりは黄ばんでるであろうフィルターを洗う。
「よく考えたら副長って日頃あんまりエアコンつけてなかったかも」
報告とかで夜行くと、窓を開けて自然の風で過ごしてる事が多い気がする。
書類が多くて扇風機が厳禁なんで、篭ってる時は流石にエアコンかかってるけど。
比較的昼間に外出多いし、と泡を洗い流して陽にかざす。
基本夜型なのかそれともただの仕事人間なのかは謎だけど。
「何だ、奴はどこでさぼってんでィ」
「もー、沖田さんじゃないんですから仕事ですよ、仕事。今日だって出張で居ないでしょ」
「あれ、今日だっけ?」
「そうですよ。現地次第では帰りは明日になるかもって言ってました」
「ふーん」
物凄く興味なさ気だ。本当に覚えてないんだろうか。この2人って本当謎だ。
「よし、奴が居ない間にゆっくり休むか〜」
「いやいやいや、仕事はしてくださいよ」
「気が向いたらなー」
ひらひらと手を振って軽やかな足取りで去ってゆく小柄な背中を溜息で見送る。
でも結局のところ副長の留守の間は比較的ちゃんと仕事をする人だ。
…捕り物さえなければ。
今回は通常勤務だからきっと大丈夫。
何事も起きませんように、と願いをこめてフィルターの水を切る。
「この辺に立てかけといて、後で回収すりゃいっか」
よし、ついでに布団も干すぞーって俺は何処の主婦だよ。
SIDE:S
遠くで誰かが呼んでいる。
気持ちよ〜い眠りを揺り起こす声。
ずっと昔から聞き覚えのある良く知った低い声。
「……」
聞こえない。
仕方なく寝返りを打とうとして気配が遠ざかる。
「…気のせい?」
まあいいや、おやすみと再び寝入ろうとして、気配が完全に消えてない事に気付く。
「?」
窓際に黒い影。
ほんのり赤い光と紫煙。いつもの香り。
「ちょっと、折角山崎の奴がエアコンのフィルター洗ったのに早速汚す気ですかい」
「頼んでねーのに、知るかそんなこと。それにちゃんと窓開けてっだろ」
どうせ凄んだ視線寄こしてるんだろうけど、真っ暗で何も見えやしねえから効果はない。
もともと土方さんに睨まれたくらいでビビる程付き合いも浅くない。
「お前よく寝てたな」
「アンタの代わりにエアコンの試運転してやってたんでさァ。そしたら山崎が布団も干してて
これまたイイ感じだったですぜィ」
「おいおいおい、なに人の部屋で寛いでくれちゃってんだよ、お前は」
ジュ、と灰皿に煙草が押し付けられる。山崎がかいがいしく片付けたせいでいつもは底が
見えない灰皿も今日はきれいな皿になっている。
まあ、どうせまたすぐにいつもの状態に戻るんだろうけど。
いつもよりふかふかの布団でいつもより薄い煙草の臭い。
エアコンの効いた快適な空間。
「じゃ、おやすみなせぇ」
「お前ね…」
反論は知らないフリだ。
カチリとライターの開く音。
「だからアンタ、煙くなるからやめろって言ってるんでィ」
思わず土方さんへ向き直る。
「ん?」
すると何故か手に煙草を持っていない。
「騙したな」
「勝手にお前が勘違いしたんだろが」
呆れたような視線を寄こすがそれを振り払うように再び背を向けて寝る体制に入る。
カタンとライターが机に置かれたような音がした。
「お前、本当に夏弱いよな。前に近藤さんが部屋にエアコンつけてやろうかって言った時
何で断ったんだよ」
「…隊長格で俺だけそんな待遇って訳にもいかねーでしょうが」
「その為の、局長直々のお言葉だったんじゃねーか」
「うっせぇよ、俺は寝るんだから静かにしろィ」
「だからソレは俺の布団だろが…」
文句言いつつ、土方さんは慣れた様子でソファーに寝転がる。
ピ、ピ、ピ、と何やらエアコンから電子音がした。
蒸し暑いのが苦手、でもエアコンの風もあんまり得意じゃない。
だから時折こっそり副長室の除湿機能付きのエアコンの世話になっている。
土方さんのことだ、どうせリモコンで風向きの調整かタイマーの設定でもしたんだろう。
「ここにも小姑がいた…」
「うっせえ、早く寝ろ」
しかも地獄耳ときた。へいへいと適当に返して再び瞼を閉じる。
どうせもう少し外が涼しくなったら窓が少し開いてるんだ、馬鹿じゃないの本当に。
こんな時だけ上手に気配を消す嫌な上司の布団を引っ被ってこっそり舌を出した。
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